2011-04-06

ただいま

2011.04.03
日本に帰国いたしました
ブログの上では次はモロッコのはずでしたが、更新をさぼりにさぼりなんとそのまま帰国してしまったということをご報告差し上げます・・・

エジプトの後、モロッコに2週間、スペインに1週間、アメリカに2ヶ月と滞在して、ついに先日、日本に舞い戻ったという訳なんです
その間にも、たくさんの人達にお世話になりながら楽しくも波瀾万丈な旅を続けておりました
そんな、冒険記を更新して行きたいとは思うのですが、なんせもう2月以上もまえのことを今更思い出したところで、小生の執筆能力ではたいしたブログにならない故に、これは皆さんと直に会って語るべきだと考え、ブログを更新するのはあきらめることにします
かなり書くのが面倒くさい事への、いいわけっぽい書き方にはなってしまいました
これで完全にブログの更新を止めるのかどうかは、まだはっきり決めてないですが、まぁ気が向いたら書くぐらいのことなんで期待しないでください

さて、旅を締めくくるにあたって、今回の旅で出会った人達に感謝したいです
ありがとうございました
そして、こんな拙くまとまりのないブログを見てくださった人達にも感謝したいです
ありがとうございました
さらに、私の旅を応援してくださった人達にも感謝したいです
ありがとうございました
ほんとに、いろいろな方々に支えられて続けることができた旅でした

なんせ、命があって無事に日本に帰って来れてよかったです
ほんとに日本に帰ってきた今考えても夢のような時間でした
この経験がこの先の人生で少しでも糧になって行けばいいなと思います
あ〜ほんま楽しかった〜!!

ちなみに、これから少しの間東京に滞在した後、実家に向かってチャリででも漕ぎ出そうかなと、またしても妙な考えをしております
ということで、もう少し私の旅は続きそうです・・・

2011-03-09

日常の風景

モロッコに飛行機で行くために、エジプトのカイロからアレクサンドリアにあるボルギルアラブ国際空港まで移動
カイロからアレクサンドリアまでは長距離バスで行き、途中でボルギルアラブ行きの乗合いバスに乗り換えて、突如タクシーが1台も走っていない町で降ろされる・・・
  ‐・・・えっどういうこと??この乗合いバスはボルギルアラブ国際空港行きじゃないん?
  ‐さぁ~?とりあえず聞いてみよ
  ‐すいません、このバスは空港に行かないんですか??
  ‐▲☆¥〇◎◆▽!
  ‐んっ?このじいさん英語通じてないぞ!
  ‐いやっだから空港やって!飛行機!これやってブーン!フューン!
いくら、ボディーランゲージを使っても全く通じない
  ‐だから、ボルギルアラブじゃないの?
  ‐▲☆¥〇◎◆▽!
  ‐アカン降りてほかの人に聞いたほうが早いわ
ガチャ、バタン
  ‐すいません、ボルギルアラブに行きたいんですが
  ‐ボルギルアラブはここだよ
  ‐・・うわ~最悪・・・この町もボルギルアラブなんや
  ‐あっ!乗合いタクシー捜す時ボルギルアラブとしか確認してなかったやん!
  ‐うわ~ミスったー!
  ‐しゃーない、すいません空港行きのバスはないんすか?
  ‐無いよ!行くなら、さっき乗ってきた乗合いタクシーで行くしかないね
  ‐いくらですか?
  ‐100EPだね
  ‐高っ!Discount please!
  ‐無理だね!乗合いタクシーだからね!乗合いタクシーなのに二人しか客がいなかったら、そりゃ高くなるよね
  ‐・・・よし、普通のタクシーを探そう
  ‐この町にタクシーなんて走ってないよ!
  ‐そんな訳ないやんけ!どんな町やねん!よし、道に出てタクシー捕まえよ!
15分経過
  ‐なんでやねん!!なんでタクシー1台も走ってないねん!?
  ‐あれは?インドのトゥクトゥクみたいなんやったら走ってるよ!あれで、空港まで行っちゃう?
  ‐あ~まぁ安いかもしれんしなぁ
するとさっきのおやじが
  ‐あれは空港には入れないよ
  ‐なんでやねん!そんな訳ないやろ!こいつ絶対乗合いタクシーに乗せたくて言うてんねんで
トゥクトゥクの兄ちゃんに
  ‐すいませ~ん、ボルギルアラブ国際空港まで行きたいんですけど!
  ‐▲☆¥〇◎◆▽!
  ‐アカン、英語通じてないぞ!他行こ!
  ‐すいませ~ん、ボルギルアラブ国際空港まで行きたいんですけど!
  ‐▲☆¥〇◎◆▽!
  ‐・・・アカン、全然アカンやん
  ‐これに乗るんは危険すぎるんじゃない?
  ‐うん、通じてるか微妙やもんなぁ~
  ‐あのおやじが言うてた、空港に入れないパターンのやつやったらめんどいしな
  ‐時間もないし、乗合いタクシーでい行くか
  ‐まぁ、日本円に直したら一人700円やもんな
  ‐そう考えたら、そない高くないやん!
  ‐すいませーん、やっぱり空港までお願いします
  ‐んじゃ、前払いで100EPね
  ‐ちょっとまけて!
  ‐無理だよ
  ‐はいはい・・・
ガチャ、バタン

そんな日常の風景でした

2011-02-26

この一枚に命を賭けろ

旅のパートナーが変わった
ぺトラの宿で初めて出会って、ヨルダンからエジプトに渡る船の中で再会し、そのままダハブにいる間同じ宿で過ごしたみっちょんだ
さて、そんなことは置いといてブログを進めようと思う

前回のブログで書いたように、カイロではなかなかに行事が盛りだくさんだった
ピラミッドツアー、スークでの買い物、ハトを食す、スーフィーダンス(おっさんがぐるぐる回るダンス)、ツタンカーメンの黄金のマスク盗撮、みっちょんとかんなさん(のりをさんの彼女さん)の誕生会、ムスリムの美女とのツーショット写真、二つの別れ、あやしい香水を買う、コシャリが作った生臭い料理を食す、シーシャラウンジで博士との3度目の再会etcである
その中でもみんなが一番気になった、ムスリムの美女とのツーショット写真について書きたいと思う
これは決して自慢ではない
これは決して自慢ではない
あれは、考古学博物館に行ったときのことだった...
考古学博物館自体は、実はたいして面白いものでもなかった
それは、もちろん自分の考古学に関する知識とエジプトの歴史に関する知識の欠如から来るもので、決して博物館の展示やプログラムが悪いんではないんだが、それにしてもあまりに面白くなかった
面白くなかったために、かなりの速足での鑑賞になってしまったために、俺とみっちょんはほかの人たちよりかなり早く出口まで到達してしまった
仕方ないので、普段なら絶対やらない「あなたの名前をヒエログリフ(古代文字)で書きます」みたいなアトラクションをして時間を潰していた
それぐらい暇だった
それでも時間が余ったので、ボーっと博物館の前庭で座っていると、ムスリムの女性3人組みがこっちを見ながら何か話しているのが目に入った
また、ズボンが破れていることとを笑われているのかと思っていると、なんとその三人組がこっちに近づいてくるではないか!!
その時、俺は「東洋のサルが!」的な暴言を吐かれるんじゃないかとヒヤヒヤしていた
すると、なぜか気恥ずかしそうに話しかけてくるではないか
「なんだなんだ、この体育館の裏的な雰囲気は?」と思いながら聞いてみると、どうやら一緒に写真を撮ってくれませんかと言っているらしかった
その時俺は、なぜか誰に対してでもないが心の中で「勝った...」と思った
これは、ほんとに珍しいことで、ムスリムの女性というのは、基本的にムスリムの男性との結婚しか認められておらず、他宗教の男性には見向きもしないのが普通だ
確か、そのはずだ...
というか、そうであってほしい!!
それが、今目の前にいるムスリムの女性は、俺に一緒に写真を撮ってくれませんかと言っている
しかも、かなりの美女ではないか!!
俺はもちろん「Way not? It's my pleasure」みたいな気の利いたセリフを言ってみたかったが、舞い上がっていたので「yes...ok!」と言うのが精いっぱいだっだのが何とも残念ではあるが、そんなことはこの際どうでもいい
まずは、彼女たちのカメラで撮影
そんな時、隣にいたみっちょんが気を利かして俺のiPodtouchでも写真を撮ってくれた
そんな訳で、心の中で「ナイスとゴメン」が入り混じった男とムスリムの美女との奇跡のツーショット写真が出来上がったのだ
その写真をアップして自慢したい紹介したいのだが生憎アップができないので、facebookのほうにアップしておきます
カイロで一緒にいた人たちに、ほかにもっと書くことあるだろと言われそうではあるが、関係ない!
さて、そんなこんなでカイロを満喫し、そろそろ次の目的地モロッコへ旅立つとする

2011-02-20

別れの朝

ダハブに滞在して少ししたころ、私たちは5人から多いときには7人と結構な大所帯となっていた
 しかし、決して連帯感があったわけではなく、皆それぞれに自分勝手にしたいことをしていた
そして、皆一様に思っていたことは、いつまでもダハブでダラダラしてても仕方ねーだろということそんな風に考えながらも、行動に移すのがためらわれる何かがここにはあった
そんな時のりをさん(←本名らしい)とみっちょんがついにダハブを離れてカイロに行くという決断をした
英断である
そんな、英雄二人に続けと、俺とミニサイズくノ一も翌日カイロを目指すことにした
セブンヘブンで夜行バスを予約して、夜バックパックのパッキングを済ませ、まだダハブに残る奴2人と、集合場所のセブンヘブン前に行ってみると、めちゃくちゃ大勢の人がいて何やらものすごく盛り上がっている
そこには、まさかの青春プレイバックのような盛大な送迎ムードが漂っている
それは、もちろん俺たちを送り出すためのものではない
セブンヘブンでダイビングのライセンスを取るために、にわか同級生になった者たちが、まるでテレビの熱血学園ドラマで転校していく友達を見送る場面にありがちな、向こう行っても頑張れよ的な、俺達のこと忘れんなよ的な、いつまでも友達だぜ的な、そんな雰囲気をプンプン漂わせている
もちろん俺達はそんな輪の中に入れるわけもなく、端っこのほうでただ小さくなって、出発の時間が過ぎているにもかかわらず、こいつらの茶番が終わるのを待つというめんどくさい感じになっていた
共にスキューバの免許を取るために苦労した仲間の旅立ちだか何だか知らないが、正直時間だけは守ってもらいたいものだ
こんなにみじめな人たちがいることも、知ってもらいたいものだ
今日は俺達にも2人見送りがいるからいいが、そういえば前日のりをさん(←本名らしい)とみっっちょんが出て行く時、誰一人として見送り行かなかったけど、あの二人はどんな気持だったんだろう...

カイロまでの9時間、前の奴はリクライニングをグゥーン倒してくるし、隙間風がビューン入ってきてむちゃ寒いし、バスぼろくて...振動すごいしで、とても寝れる状況じゃない中で、途中の休憩で一度も降りることなく爆睡していた
いよいよ、夜行バスの移動に適応する体に進化してきたようだ

カイロではダハブで会ったジュリ姉さん(←バブルの時代を生きた女)に教えてもらった、日本人経営の宿「カイロダウンタウンホテル」に宿泊した
この宿に朝着くと、まだ7時だというのにロビーにみっちょんの姿が!どうやらのりをさんも起きているらしい
二人とも前日の夜行バスで全く寝れずに、ホテルに着いて12時間熟睡してしまったから、朝早くに目が覚めたらしい
まだ、ホモ・サピエンスといったところだな
この宿には少しというか結構うざい従業員がいる
名前はコシャリだ
エジプトに行ったことがある人からすれば、えらい名前ついてんなぁと思うだろうが、コシャリとはエジプトの庶民に親しまれている、安いファストフードのようなものだ
ということは、コシャリという名前が付いているということは、日本で言うと牛丼さんとかたこ焼きさん、はたまたカップヌードル・シーフード味さんという名前が付いているようなものだ
もちろん、本名ではないらしい
のりをさん(←本名らしい)とみっちょんが初日に名前を聞いたところ、ボケてコシャリと言ってきて、そこからずっとコシャリで通しているらしい
このエピソードを聞いただけでうさい感じなんだが、それからも何かにつけていちいち、小ボケをはさんでくる
韓国人2人と日本人4人がロビーにいるときに、韓国人に「ジャパンとコリアどっちが1番?」とふざけた感じで聞いてしまう
そりゃ、韓国人2人は韓国とは答えにくいだろ...
最初のうちは、みんないちいち相手をしていたが、2日も経つともうみんな相手をしなくなっていた
まぁ、コシャリも悪い奴ではないんだが、空気を読めないのがつらいところである

カイロでは、なかなか盛りだくさんの行事をこなしたがそんなことよりも、やはりここはひとつ別れについて書くのが人情というもの
そう、このカイロでは約2ヶ月にわたって一緒に旅をしてきた、のりをさん(←本名らしい)とついに別々の道を行くことになっていた
ミニサイズくノ一とも約1ヶ月行動を共にしたがここでお別れ
彼女はこの後、ネパールへ飛ぶらしい
そして、血の繋がっていないお兄ちゃんに会いに行くらしい...
よくわからないが、あまり詳しくは聞いてないのでそういうことなんだなと納得するしかない
別れの日みんなでバス停まで見送りに行くと、去り際に彼女からみんなに向けて、手紙でも入っていそうな小さな包み紙を渡された
いやいや、普段は破天荒な行動の多い彼女でも、やはりこういうところは女子だなぁ~
と、みんな感心しながら、ホテルに帰り包み紙を開けるとなんと手紙と現金200EPが出てきた
この、驚愕の事態にみな開いた口がふさがら無い状態となるばかり
恐る恐る手紙を読んでみると、皆への感謝の言葉とともに
「何かを贈りたかったけど、思い浮かばなかったのでお金で解決することにしました エヘヘ」
の文字が!!
まさかの、おっさんによる資本主義的な解決のしかたに、みな顔をひきつらすばかりだった
結局、そのお金はみんなで豪華な食事をするということで、ありがたく使わせてもらった
のりをさん(←本名らしい)は、はるばるエジプトまで彼女が訪ねてきた
そして、また彼女と別れてもう少し旅をつづけてから日本に帰ると言っていたのに、どうやら彼女と再会して日本が恋しくなったのか、もう離れたくない的な感情にほだされたのか、そのまま彼女と一緒に日本に帰ることにしたらしい
そして、俺はみっちょんと二人でモロッコに飛ぶことにしたので、ここで別れることになった
互いに、その後も一緒に行動する相手を見つけたことで、寂しさが込み上げてくることもなく、意外なほどあっさりした別れであった
なんせ、実家が近い者同士
日本に帰ればむしろ簡単に再会できるということもあったので、「ではでは、また」「おう、ほなまた」ぐらいのものであった
でもやはり、お世話になったし楽しい旅ができたので、きちんとした感謝の言葉をここで述べておきたくなったので、この場で述べようと思う
「のりをさんがいたおかげで、彼女さんが日本から雑誌やらチキンラーメンやら味噌汁やらいろいろ持って来てくれて、ほんと助かりました!かんなさんありがとうございます!!」

こうして俺は、新たな旅のパートナーを見つけ新天地モロッコへ旅立った



2011-02-11

類は友を呼ぶ

前日体調を崩していたにも関わらず、人並ならぬ驚異の回復力を見せ、翌日かなり回復したので一気にエジプトのダハブまで移動してしまうことにした
しかし、まだ少し体調が芳しくなかったので何事も無くすんなり行きたい所だが、だいたいこう言う時に限ってハプニングは巻き起こるものである
エジプト側の港街アカバに着いた時、同じバスに乗っていたヒッピーカップルと、行き先が同じだったので、タクシーをシェアして、港まで行こうという事になった
ここからは箇条書きで
我々は11時発の船に乗りたい⇨タクシーの運ちゃん港を間違える⇨この時点で10時40分⇨ヒッピーカップル、ブチキレれる⇨なぜか運ちゃんもキレる⇨運ちゃんの仲間が仲裁しだす⇨男ヒッピータクシーを蹴る⇨運ちゃん更にキレる⇨のりをさん小声で文句を言う⇨俺、タクシーの中で体調を崩している⇨なんとか、行きたい方の港へ向かって走り出す⇨タクシーが最初乗った場所で止まる⇨運ちゃん「ここでチケット買わないと港へ入れない」⇨我々「いやっ、港の中で買えるでしょ」⇨港まで行くと「チケットがないと入れない」と言われる⇨ヒッピーカップル、ブチキレる⇨のりをさん呆れる⇨女ヒッピー、強引に検問を突破しようとする⇨俺、体調が悪いフリを続け面倒くさい事が片付くのを待つ⇨女ヒッピーとのりをさんが、タクシーで街までチケットを買いに行く⇨無事チケットを手に入れ戻って来る⇨男ヒッピー、タクシー料金が4人で乗った時と同じことにキレる⇨女ヒッピー、男ヒッピーをなだめる⇨のりをさん、タクシーの仕組みを理解してない男ヒッピーに呆れる⇨俺、体調を崩している⇨港に入る
なんだかな~...
もう少し心に余裕を持った方がいいぞヒッピーカップル!

さて、ここからは初めてアフリカ大陸に上陸すると言うお話
ヨルダンから船で紅海を渡りエジプトのヌエバに上陸すると、いよいよ初のアフリカ大陸である
エジプトと言えば、観光客の間では世界三大ウザい国に挙げられるほど、客引きやたかりが多い国として有名だ
そう聞かされると、「どれどれ、どれくらいウザいのか楽しみではないか!かかってきなさい!そんじゃそこらのことじゃ、ウザいなんて思わないぜ!」と、思ってしまうのが旅人の性である
早速、次の目的地ダハブに行く為に、乗合バスかタクシーを拾う事にする
港を出ると、30人位のおっさん達がワッと俺達の周りを囲んで口々に話しかけてくる!
イキナリの客引きの嵐に、ウザいなぁ~と思いながらも、交渉開始
相場は某歩き方で調べてあったから知っていたが、やはり最初の言い値は倍近くあったのではないか
10分程の交渉の末、何とか適性価格まで下がったのでようやく移動開始
タクシーの運ちゃんは、途中でスラムみたいな場所で車を停め、何も言わず一軒の家に入っていってしまった
仕方ないから、車から降りて写真を撮ったりしていると、近所の子供達が集まってきた
みんな純粋無垢な感じで、カメラを向けると無邪気な笑顔でピースを向けてくる
写真のお礼に、ヨルダンから持って来ていたマンダリンをあげる
みな一様に、うれしそうに受け取ってくれた
すると、さっきミカンを受け取った1人の少年が近付いて来る
お礼でも言ってくれるのかと、期待していると、持っているミカンを指差して何か言っている
どうやら、一ヶ所少し腐っている場所があるから、替えてくれと言っているらしかった...
どうやら、ここも例外なくエジプトであるらしい
おっちゃんの用事も終わった様なので、クソガキ共と別れて再出発した

そういえば、ヨルダンからエジプトに渡る船で、ペトラの宿で会った2人組に再会した

タハブはダイビングスポットとして有名で、大概の日本人はここで「Deep Blue」か「Seven Heaven」と言う宿に泊まりダイビングのライセンスを取るらしい
なんでも、世界一安いらしく¥30,000で、何らかのダイビングのライセンスが取れるらしい
詳しい事はよく知らない
だが、我々は誰一人全くもって興味が無く、華やかな雰囲気の宿にはどうも馴染めそうにないので、爽やかな笑顔の人達から逃げる様に、近くの「Green village」という我々のほかには日本人が誰もいないエデンの園に逃げ込んだ
ちなみに、先にダハブに乗り込んでいたミニサイズくノ一も、案の定見事に馴染めておらず、ノアの方舟に一緒に乗って行く事になった
さて、エデンの園に逃げ込んだ俺達がそこでいったい何をしていたかというと、毎日禁断の果実を食べてボーっとしていたのでした
どうやら本家エデンの園と違って、エジプトのエデンの園は禁断の果実を食べても追放されることは
ないらしく、とてもゆるいらしい
この時期のエジプトには、ハイシーズンにヨーロッパを旅していた人たちが、寒くなってきたのでみんな一斉に南へ下ってくるという現象が起きるため、旅の途中で出会った人と再会するなんてことが結構ある
そういう私も、何人かの人と再会し、互いの旅の報告をしたり、命があってここまで来れたことを喜びあったりしたものだ
それにしても、暖かい!

2011-01-29

ワディ・ラムを経て...

中東にいると年が明けたというのに、全く実感がわかない
その要因は様々ある
まず、イスラムの国にいるということ、その次は冬にしては気温が暖かすぎるということ、そして何よりの原因は、年賀状(ファンレター)を読んでいないことがあげられる
毎年、ニューイヤー駅伝の放送が終わるまでに読み切れるのかと心配になるほどの、年賀状(ファンレター)が来ているのに、今年は日本にいないためその心配をする必要が全くなかった
みなさん、今年もせっかくたくさんの年賀状(ファンレター)を送ってくれていることだろうと思うが、読むことができない事を申し訳なく思っている
毎年、我が家には厚さにして6cmほどの年賀状が届くがその中で父親の分が3.5cmと大半を持って行ってしまう
そして、次におばあちゃん、母親、兄夫婦、姉、そして私と続く
私に届く年賀状(ファンレター)はというと、毎年0mmというのが恒例で、仕分けをするときに私の分を置くスペースをはなからとっていないというのが、何とも悲しいといえる
そう毎年0mmなのだ...
友達が少ないとか、嫌われているとかそんなことはないと信じたいが、事実である
だから今年も、別にはなから期待などしていなかった
...本当だ!
しかし、今年はなんと1通の年賀状が届いたらしい
この、緊急事態に母親は一大事だと思ったらしい
メールで年賀状の全文を送ってくれるという、何ともありがたいような、気恥ずかしいようなことをしてくれた
T田さんありがとうございます
帰ったら、つくだ煮の詰め合わせ送っておきます

さて、話を旅ブログに戻すとします
ワディ・ラム(ベドウィンのキャンプ)からヨルダンの最大の見どころ、死海とぺトラに行くために、まずはぺトラの近くの町へ移動する
ここで、シリアから一緒に旅をしていたミニサイズくノ一がなんと、死海もぺトラも興味がないと言い出して、いったんここで別れてエジプトのダハブで再会する約束をして、別々の道を行くことに
ということは、死海を前にまたしても男二人の色気のない感じになってしまったことに、やりきれなさを感じながらも、乗り込んだマイクロバスが満席で、何と乗降口のタラップに2人で座らされ、ムスリムの女性陣から「何?あの汚らしい東洋人2人は!」的な冷たい目線を右こめかみに感じながら、終始色気とは何なのかと言う、答えの出ない哲学的思考に没頭することで、惨めさをおくびにも出さずに、あまりに長い1時間の移動を開始した...

翌日、早速ぺトラ潜入
みなさん、ペトラがどう言う場所かご存知でしょうか?
ペトラはヨルダンでも、1・2を争う観光地で、岩砂漠の岩を削って神殿やら、何やらを掘った遺跡群
中でもアル・カズネは映画『インディージョーンズ〜最後の聖戦〜』の舞台になった事で一躍有名になった
ペトラ...一枚の馬鹿でかい岩を削って、ここまで見事な造形物を作り上げる、その創造性と技術は賞賛に値し、感嘆の息を漏らさずには居られない程素晴らしかったが、ペトラに居る間、常に考えていた事と言ったら、「無駄に広すぎるやろ」と「入場料高すぎるやろ」と言うことだった
やたら広い!やたら高い!
おかげで、翌日死海に行く予定だったのに、見事にがっつり体調を崩して行く事が出来なかった
そんな不甲斐ない私の看病をする為に、一緒に旅をしていたのりをさん(←本名らしい)も行けず仕舞いになってしまった
ただ、私が朝起きて「体調が悪いんです」と言った時に、あまりにすんなり「ほな、今日やめとこか」と言ったのはなぜなんだろう...??
最近、2人とも体調を崩してばかりである
偏った食生活と、朝夜の寒暖差が激しい事も相まっての事だと考えられるが、それにしても、のりをさんはここ1週間ずっと病人だ
最近も便秘だとか言ってたし...治ったら治ったであまりの勢いに今度は切れ痔とか言っている
...切れ痔...はっ!!まさか...死海の塩分濃度..切れ痔...
のりをさん、すんませんでした
帰ったら、つくだ煮の詰め合わせ送っておきます

2011-01-16

A HAPPY NEW YEARです

ずいぶん遅くなりましたが...皆様、明けましておめでとうございます
本年も何卒よろしくお願いしますm(_ _)m

今年の抱負は『無事就職』と、何とも夢の無い現実的なものになってしまって、それなら、日本に帰るまでにとことん楽しんでやろ~じゃないかと、何とも幼稚な開き直り方をした、ここは、エジプトのカイロでございます

さて、皆さんはどんな年越しを迎えたでしょうか?
毎年の様に神社に鐘を突きに行った?それとも、家で紅白からゆく年くる年のゴールデンコンビを見て過ごした?それとも、どこかのカウントダウンイベントに出かけた?それとも、眠ってしまった?
例年なら漏れなくそのいずれかに、見事にスッポリはまっている私ですが、今年は一味も二味も違う、できる男の年越しを迎えたことを報告しておきます
そう、前回の投稿で言っていた砂漠のベドウィンキャンプでの年越し

真っ暗な砂漠の中にポツリと停まったTOYOTA,Land Cruiser、酔いそうになるほどに満天の星空、幾つも流れるシューティングスター、聴こえて来るのは風に舞いあげられた砂の音と、岩山に木霊するオオカミの遠吠え、そして彼女の夜の砂漠の寒さに思わず鼻をすする音、luggage carrierに寝転がり見上げる星空、流れ星の数を数えながら、ブランケットの中でお互いの体温を確認し合う、2010年最後の10秒間..囁き合う様に、小声で始めるカウントダウン、10秒後、年が変わったのに現実には何も変わって無い事がおかしくて笑い合うふたり
...ほとんどウソだ
流れ星の数を数えたのは男三人で、女性陣はテントの中だ
大抵の場合男の方が断然ロマンチックである
カウントダウンも合ってるのか合ってないのかわからん、時計で「10..9..8..7..6..あっ後2秒..1..ウイェ~イ!!」とグダグダ
吠えてたのは犬でキャンキャン五月蝿いだけ
ただ、星空だけは本当に今まで見た中で最高にキレイだった
後は、酒飲んで飯食って寝るだけ
男四人で180cm四方のテントにすし詰めになって寝る
肩と肩が重なる距離感...I can't sleepである

翌朝5:30起床でもちろん初日の出を見に行く
眠い目こすり、寝袋羽織って近くの岩場登ってベスポジ確保
してから待つこと45分
岩山に登る朝日はなんとなく、カップヌードルのCMみたいやな~と、どうでもいい事考えながらとりあえず願い事
・無事就職
・家族が健康に過ごせますように
・お金ください
・世界平和
バランスの取れた願い事が出来たから、きっと叶う事だろう
何事もバランスが大事である

食い飽きたファラフェル食べてDessert Tourに行く
三人ともいつもは被らない帽子を被って気分は中国人団体ツアー客
最初にテンション上げ過ぎて、最後の1番の見所の岩山に登る登らないで議論し始める始末
結局2人登って1人下で待機...
もう少しsmartにsightseeingしたいものである

ここで重要なお知らせです
ほだされてFacebook始めました
日本で言うMixiのような物でそれの世界版みたいなもんです
ブログに写真アップできないので、FacebookにiPodtouchで撮った写真をアップしてます
リクエスト送ってください
アカウント無い人は作ってリクエスト送ってください

2010-12-31

大晦日になりました

お久しぶりです
前回の更新から早20日...いやいや、一度途切れた集中力と言うのは、なかなか元には戻らないと言いますがその通りなんですね
そして、今日!
ふと気付くと大晦日じゃありませんか⁉
ん~月日が経つのは早いと言いますがその通りなんですね
そんな、先人が何百年も前に気付いていたことを、今更ながら実感している大晦日でございます
さて、2010年を私事ながら勝手に総括すると、今年はやはり笑い飯がM-1を制した事が象徴するように、とても自分の物事に対する姿勢や考え方が変化した年だったと言えると思います
んっ⁇それと笑い飯がの話はどう関係してるんだと、思った人も居るとおもいますが、ただ単に日本の最新情報も知ってるんやでって事を言っておきたかっただけなので気にしないでください
旅に出たのが、誕生日の4日前の7月13日で今までの5月半
ほんまに長かったような短かったような実際には長かった日々の中で肌が乾燥して大変でした..
まぁ、今のところそれくらいの感想でとどめておきたいと思います
ちなみに、旅に出たのが、誕生日の4日前の7月13日なので、誰でも容易に僕の誕生日がいつなのか知ることができますね
どうぞよろしくです
ちなみに甘いものは大好きです
前回の更新では、クソ真面目にアウシュビッツの事を書きましたが、多分誰もがふ~んで終わっていると思うので、なんか虚しいので、テイストを変えてみることにしました

そのアウシュビッツがあるポーランドにいたのが11月13日までで、その後1ヶ月半で、ハンガリー⇨スロベニア⇨クロアチア⇨モンテネグロ⇨アルバニア⇨マケドニア⇨コソボ⇨ブルガリア⇨トルコ⇨シリア⇨ヨルダン⇨イスラエルで今日またヨルダンに戻ってくると言うかなりの強行日程で動き回ってました
それもこれも、クリスマスと年越しと言う二大イベントが先に控えているという状況だったので、どうせなら温かいエジプトのダハブで迎えようじゃ無いかという、少し色気を出したプランを立てたことに端を発する訳なんです
ちなみに、現在三人で一緒に旅をしていて、1人はハンガリーで出会ってモンテネグロで再会してそこから目的地が同じだったので一緒に行動している、なんと出身が市どころか区さらには町まで同じだった31歳ノリノリなのに虚弱体質な男と、トルコとシリアのボーダーで出会った、鳥取のど田舎出身、100歩歩けば1回つまずくミニサイズくノ一(くのいち)の女の三人で旅してます
話を戻すと、そもそもモンテネグロの時点で男2人、何所でクリスマスを迎えるべきか?と言う話になり、やっぱり楽園に行くしか無いでしょってなって、いそいでダハブを目指す事になったわけで
結果、物事万事うまく進まないのが旅であって、寄り道寄り道を繰り返し、予定から遅れに遅れて、結局クリスマスとは無縁のイスラムの国シリアでキリストの誕生日を祝う羽目になってしまった
女の子がサンタの服着てケーキを売ってる訳でもなく、街頭のスピーカーからクリスマスソングが流れている訳でも無ければ、ましてイルミネーションが街角を彩っている訳でもない
ただそこには普通の日常が流れているだけ
髭面のおっさんが絨毯や香辛料を売り、街頭のスピーカーからはアザーン(ムスリムへの一日五回の礼拝呼び掛け)が流れ、街角にはいつものケバブのニオイが立ち込めているだけという、盛り上がり要素0な雰囲気の中で、なんでこんな事になったのかを考えてる内にクリスマスは過ぎて行きましたとさ..
次に控えるは年越しと言う大イベント!
今の予定ではヨルダンの砂漠でベドウィン(遊牧民)のキャンプにお邪魔して、砂漠の夜空の星を眺め年をまたぎ、砂漠の地平線を昇ってくる初日の出を拝む予定ですが...どうなることやら

最後になりましたが、来年も皆さんにとって良い年になりますように
そして、なにより自分が無事に日本に帰れますように
皆さん、初詣に行った際には、この事もついでにお願いしておいて下さい
それくらいしてくれても、バチは当たらないはずです
では、また来年です!
よいお年を!

2010-12-10

最近は..いろいろ

久しぶりの更新で、すっかり忘れ去られた感バリバリやけど、やっとまともにwifi飛んでるホステルに泊まったから、たまには生存アピールをと思い、ペンもといipodtouchを手に取りました

あいかわらず、パソコンがないから写真はアップできませんが、文章だけで失礼します

そうそう、前回はチューリヒの事を書いて、アウシュビッツに行くとか言ってたと思うんで、その続きから

アウシュビッツ、行ってきました!
ん~難しい!!
分からん!
正直、淡々としててこっちも淡々としてまうって話ですよ
そう、ここに来た人は大体みんな、受付でツアーに申込んでガイドの話を聞きながら、見学するのが一般的な訳で
俺みたいに、自分のペースで回れへんのは嫌や!って言う(英語力の無さから来る)ワガママを言ってまう奴は、逆に良くなかったりすんのかな?
なんせ、ここはアウシュビッツ!個人の自由なんか認められなかった場所!
そういう意味じゃツアーに参加した方がいいんかな?って途中でちょっと反省しながら(しかも、途中で日本語のガイドさんも見つけたし)..でもツアーの1.5倍の時間をかけて回って来ました
ここで、最も考えさせられたのは、第二アウシュビッツといわれる、ビルケナウ強制収容所にある、犠牲者の慰霊碑の前で、何もかける言葉が浮かんで来なかった事が、強烈に印象に残っていて、俺の中では一つの答えみたいになっています
それは、やっぱりあれだけ、いろんな場面を見て来て、何も感じない訳は無く、しっかりと自分の中に情報としては入っているんだなと思んです
でも、それらを、本当に全て受け入れる事が出来ない、つまり自分の中のこの出来事に対する器が出来上がってもないのに、こんなにデカくてトゲトゲした物を入れると器が壊れてしまうから、心が勝手に、入って来る物に対してストップをかけてたんやと、後で気付いたんです
つまり何が言いたいかと言うと、行っただけで終わってはダメだと言う事!
行って始めて勉強する準備が出来たと言う事なんですよ!
これから、時間をかけてでもいつかそのデカくてトゲトゲしたものを受け入れられる器を作っていければ、問題ないし今回行った価値も出てくると思うんです
これから、どうするかが重要ってことなんかなって思わされた場所でした

で、その前のワルシャワではホステルに居たポーランド人とBAR⇒club⇒casinoと行って手持ちの金を全部すったり(たいした額じゃないけど..)楽しいナイトライフを過ごし、結局ポーランドは満喫しました
因みに、初の東欧はやはり物価がめちゃめちゃ安い!
次は、日本人恋しさに、スロバキア、チェコを飛ばしてハンガリーのブダペストにある日本人宿【アンダンテホステル】に行きます!
ここは、いやいや...また次回書きたいと思います!
最近はトラディショナルフードもさほど値段を気にせず食べれるくらいになって来て、非常に懐に温かい印象です
ピエロギ美味かったな~

2010-11-11

チューリッヒ

え~、ブログの更新がストップしてからかなり経ってますが、ありがたい事に見てくれてる人が少なからずいるみたいで、申し訳ないから、パソコン盗られる前に作ってたのを、更新しとこうと思います
因みに今はipodtouchを買って急場を凌いでる感じで、ipodtouchでブログを作るのはめちゃ面倒臭いから、更新が無いという状態です


長居したアントワープに別れを告げて、いよいよスイスに入った

そう、スイスいえばやっぱりみんな口を揃えて言うんが、「それちょっとお高いんでしょ~?」
という、通販で聞こえてきそうなお決まりの言葉
実際、チューリッヒで買い物した感想は・・・「いえいえ、そんなことはございません!お求めやすいお値段で」とは、なかなかいかない物価をしております
北欧並みか、それよりほんの少し高い印象を受ける

そこで、とりあえずこいつで比べたら分かりやすいやろってことで、コーナーにするとか言っときながら第二回がなかなかこなかった「今日のマクドナルド~」
水とかは、店によってばらつきがあるから、この方が分かりやすい
とりあえず、他のヨーロッパの国とメニュー自体はそないに変わらんかったから、ビックマックセットを注文する
(チーズフォンドゥバーガーなるものがあるって聞いてたけど、見つけられんかったからしゃーなし)
そうそう、ヨーロッパのマクドでは、ビックマックセットとチーズバーガーセットとかマックチキンセットとかの値段がほとんど変わらへん、ってか一緒の場合が多い
日本じゃ100円以上は違ってくるのに・・

まぁ、ホンマにどこの国でも全く同じモンが出てくる・・これは、地味にすごいことやと思ってまう
スイスではなぜか、コカ・コーラのグラスが付いてきた
キャンペーン中か?でも、まぁ荷物になるだけやからいらへん!
さて、注目の値段はどうかというと11.3CHF(スイス・フラン)と、日本円で約1000円!!
・・・いや~高すぎるわ
ゆうたら日本の倍くらいやね
でも、スイスのマクドバイトの時給は2000円らしいから、スイス人の感覚からすると日本人のそれとあんま変わらへんのかな
ただ、やっぱよそから来た人にとっては厳しい値段ですね
値段が倍やからゆうて、ピクルス2倍とか、肉汁2倍とかそうゆう話やないからね

とまぁ、物価が高いこともあるし、相変わらずユーレイルパスの期間に縛られてるということもあってスイスではZurich(チューリッヒ)、Zermatt(ツェルマット)、そしてお義姉さんの友達のお宅にお邪魔するというくらいの予定になりそう

ということで、まずはチューリッヒ!

チューリッヒはスイス最大の都市で、名前もよく聞くしなんか有名なモンでもあったかな~ってぐらいで行ってみることに
実際、行ってみるとあんま有名な観光地って訳でもないみたいやね
確かに、名前はよく聞くけど、それはあくまで金融センターとか銀行とかそういう関係で聞くだけであって、どうやらそないに観光名所的なもんはないらしい

でも、そこはさすがにスイスの都市だけあって街並みはすごいきれい
街の真ん中にLimmat(リマト)川が流れていて、その流れはチューリッヒの南東にある三日月型のチューリッヒ湖に注いでいる

新市街のほうは洗練されてる雰囲気で


旧市街のほうには、ここでも路地が路地に繋がっている趣のある街並みをしとる

でも、これだけっていっちゃこれだけ・・

ちなみに、今回泊まったホステルはこれ!

久しぶりのYouth Hostelでめちゃくちゃでかいし、めちゃ清潔

その分お値段は1泊35CHFとかなり高目
でも、スイスやししゃ~ないかって感じです

夜は、ホステルでパスタでも作ろかなぁ~思てパスタとベーコンとマッシュルームを買って帰ったのに、なんと自由に使えるキッチンが付いてなくて、結局ついでに買って帰った食パンで夕飯を済ますことになってもた

まぁチューリッヒは2泊だけの予定やから適当に観光して、次の街に移るとします
なんていっても、次はあのマッターホルンがそびえるアルプス山脈の麓の町「ツェルマット」やから、ほんま楽しみでしゃ~ない!!
ついに、あのマッターホルンを生で見れる

とまぁ、写真も少ないしアントワープ編飛ばしてるし、よく分からん感じですんまへん...

ちなみに、今現在はポーランドのkrakow(クラクフ)と言う、かのアウシュビッツ強制収容所の近くの街に来てます
ドイツのベルリンにあるユダヤ博物館でいろいろ勉強したし、ベルリンのホステルで出会ったイスラエル出身のユダヤ人のオーウェンからもユダヤ人やユダヤ教の事をいろいろ聞いて、予習は完璧やから、実際に現場に行って後は自分でちゃんと考えて来たいと思います

2010-10-27

再起の一歩

パソコンを取られたまま、アントワープまで逃げ帰って4日

前回、今滞在している「ブーメランホステル」に滞在したときも、メンバーに恵まれて楽しい時間を過ごすことができた
そして、今回もまた「ブーメランホステル」には、楽しいメンバーが集まってきて、めちゃ楽しい時間の中で、十分に療養することができた
インドで出会って結婚して、今は1年半のハネムーン真っ最中の、キャンプの達人「竜樹さんみつこさん夫婦」、1度しゃべりだしたら誰も止めることのできない、昭和の香り漂う中年親父「フらんく・けいすけさん」、そして相変わらずブーメランのスタッフみたいに、めぐみさん(オーナー)にこき使われてる師匠の「中野さん」

その他にもポーランドの合唱隊や、ライブで世界を回っている2人組、メキシコのロックバンド5人組など、ここには音楽があふれていた

また、ハプニングが起きたら戻って来るやろうけど、できれば戻ってこないに越したことはないなぁ・・

ということで、しばらくパソコンなしで動き回ろうと思います
心身共に、身軽になったっていうことですよ

また、どこかで安いパソコンに出会うまでは、このままでいこうかな

旅はまた再出発の時です

2010-10-23

悲劇再び・・

ブログは更新はかなり遅れてて、実は今ベルギーのアントワープに戻ってきてます
前回の更新で、アントワープにいたのに、戻ってきたって言うのはどういうことかと言いますと、その後アントワープを出て、スイス→イタリア→オランダと進んでたわけです
んで、オランダのアムステルダムに滞在中、ホステルの部屋に泥棒が出て、俺のパソコンとか予備で持ってきてたカメラとかを盗まれたんです
で、今はまたアントワープに体勢を立て直すために、舞い戻ったという次第です
そう、パソコンを盗まれたから、しばらくの間ブログの更新をお休みしたいと思います
また、ちょっとしたら再開すると思うんで、しばらくしたら覗いてみてください!

2010-10-21

死都ブリュージュ

Antwerp(アントワープ)の宿に滞在しながらBrussels(ブリュッセル)に行ってみようと思っとったけど、オーナーのめぐみさんに聞いたら、もし晴れたらBruges(ブリュージュ)の方が絶対良いと言うので、翌日の天気に掛けることに

朝起きて、天窓から外を見てみると、ここ最近では一番の快晴
ということで、行き先をブリュッセルからブリュージュに変更して行ってみる事に
しかも、この日は日曜日で、ベルギーの鉄道は週末、往復割引なるモノがあるらしく片道料金で往復できてしまうらしい
料金は割引適用で往復14.4€

駅で、チケットを買い時刻表を見てみると、どうやらチケットを買った1分後に出てしまったらしい・・
しかも、1時間に1本しかなくて、出鼻を挫かれる
仕方ないから、駅周辺をブラブラ
それにしても、このアントワープセントラル駅はものすごい豪華な装飾をしとる

1時間して電車に乗り込みブリュージュへ

ブリュージュは、ベルギーの都市の中でも観光地として人気が高いらしく、行ったのが日曜ということもあってかなりにぎわっとる
そう、ついでに言うとブリュージュの歴史地区は世界遺産らしい

ここでの目的は風車と、かわいらしくワッフル
街歩きもそこそこに、さっそく駅とは反対側の風車がある川沿いへ

風車を見るのは中学校の時に行った長崎のハウステンボス以来やけど、やっぱめちゃくちゃかっこいいなぁ

「遠目からの風車」


「階段なめの風車」

「アップの風車」

「風車の後ろ姿」

どこからみてもかっこいい
しばらく、風車の下にあるベンチに座り風車を眺めてぼーとする
でも、これだけ写真を見れば気づいた人もいるかも知れんけど、そう、この風車たちは現在は動いていない・・・
すべて、展示用で下で何かに繋がっているわけでもなければ、まして、羽が回っているわけでもない
でも、そんなことは気にしない

少し腹が減ってきたから街のほうに戻り、ワッフル屋を探す
少しすると、ワゴンでワッフルを売っているのを見つけて買うことに

でも、さすがに男一人で並んどるやつなんておらんから、結構恥ずい・・

ワッフルはプレーンやと1.5€、トッピングをすると2€
ここは、ベルギーということでチョコをトッピングして食べる

サクサク、フワフワのチョコあま~いで、さすがにうまい

ん~まぁとにかく、目的はこれだけやったから後はふらふら街中を歩いて回る

カメラを持った観光客が来るたびに「Photo?」と聞いてきて、いちいち演奏をとめてポーズをとってくれる音楽隊
写真を撮り終わると、手を上げて「どうぞ」とやると再び演奏しだす
もちろん、俺の時もポーズを決めてくれて「パシャ!」、「どうぞ」とやると陽気な音楽を演奏しだす

いやいや、サービス精神がありますな

他にも、何組か音楽隊がおったけど、誰も、箱を置いたりして小銭を要求しない

みんなを、楽しませたい一心でやってるとしたら、ええ人らやなぁ~

メインの建物はマルクト広場に面して建てられたこの鐘楼

なかなか見事な鐘楼で、ベルギー国内では最大の鐘楼らしい
こちらも、世界遺産
こんだけ世界遺産があると、最近はちょっとありがた味が薄くなってきてしまいました

後、ブリュージュには本気の教会がある

俺の中での本気の教会っていうのは、シスターとかがちゃんと歌を歌ってお祈りを捧げてる教会のことで、今まで行った教会では見ることが無かった光景や
今までの教会でもやってるか知らんし、宗派とかそんなんかも知れんけど、そんなこと俺の知ったこっちゃ無い

とにかく、ここはフラッと入ってみたら、その瞬間からなにやら厳かな雰囲気で、観光客たちも全くおしゃべりできんくらい、シンとしとって息が詰まりそうになる
その中で、数人のシスターがぼそぼそ呪文みたいなのを唱えとる
しばらくすると、一人のシスターが天井から垂れている紐を引っ張って鐘を鳴らし始めた
「あぁ~ちょうど4時か!やっぱちゃんと1時間ごとに自分たちの手で鐘ならしてんねんなぁ~」と思ってパッて時計を見ると4時23分やった
「えっいやいや、今の何の鐘なん??」ってなって笑いそうになるんをこらえて見続けてると、ぞろぞろと20人くらいのシスターが出てきて歌を歌い始めた
なんか、ちょっと暗い感じの歌やったけど、初めて生でお祈りの歌を聴けて興奮してしまいました
でも、かなり長くなりそうやったから、途中で退席させてもらいました

そうそう、題名が「死都ブリュージュ」になってんのは、そういう題名の小説があるからで、なぜ死都なんかを説明しようと思ったけど、めんどくさいから知りたい人は小説買って読んでみてください

2010-10-19

musselとBelgium beer万歳!

アントワープと聞いてすぐに思い浮かぶものは、何も無い人がほとんどで、地名すら聞いたことがないと言う人も多いと思うけど、ここは日本人観光客が結構多い
何故かと言うと、あの感動の名作「フランダースの犬」で、ネロとパトラッシュが最後にルーベンスの絵を見て死んでいった教会があるんです

正直、俺は「フランダースの犬」を全部は見たことが無いからそれほど興味も無かったけど、感動の名シーンbest100とかで、あれだけしつこく紹介されていれば、ちょっと見てみたくもなるというもの

で、その教会がこれ「Onze-Lieve-Vrouwe kathedra(ノートルダム大聖堂)」






いやいや、正直そないに期待して無かった分驚かされましたね
むちゃくちゃきれいな装飾と繊細な装飾で彩られた教会は壮麗そのもので、確かに物語の終焉の場所にはふさわしい
教会の前では、イケメンのヴァイオリニストが物憂げな音色を奏でている


さぁ、それではあの心優しきネロ少年が死ぬまでに1度は見てみたいと願ったルーベンスの絵画を見てみようかと、教会に足を踏み入れて驚き!
入り口を入ると、なぜか、ガラスのバリケードがあって人が立っている
近づくと「入るんだったら5€だよ」って言ってくる
教会に入るのに金を取るなんて信じられない・・まぁたまにあるけど
全然そんなこと予想してなかったから、なんか嫌になってもて、じゃあいいですと言って、教会のミュージアムショップで絵葉書のルーベンスの絵と教会の平面図を見ながら、「この絵がこの教会のあの場所にあるんやな」って、想像で教会の中を見て回りました~
正直、こんなところで金をケチるのはどうかなと思ったけど、なんか払う気になれんかったとです
もし、ネロとパトラッシュがこの時代に絵を見に来たとしたら、入り口で「5€払え!」っていわれて、しかも「犬は3€だな!」とか言われて「無理っ!」ってなって、絵を見れんと入り口で死んでまうところやで!
ほんま、昔の話でよかったわ
まぁ、もし今の時代やったとしたらネットで検索してもて、それで満足してもてるかも知れんけどね・・


他には、いろいろきれいな教会とかもあったり、


港の方まで足を伸ばすと、モダンな建物もあったり、


でなかなか面白い街やった


夜になって、ホステルで知り合った中野さんと、ベルギー料理とベルギービールを飲みに行くことに
ホステルのオーナーのめぐみさんに聞くと、ベルギーではムール貝がバケツみたいな容器にいっぱい入って出てくるらしく、センターの方に行くと食べれると言うので、またしてもノートルダム大聖堂のあたりまで歩いていく


でも、探し始めても一向にムール貝という表記が見当たらない
で、よく分からんかったし、雨も降ってきたから適当に店に入ってムール貝が食べれるところがあるか尋ねるとその辺にいっぱいあると教えてくれる
どうやら、ムール貝は「mussel」と表記するらしく、よくみてみるとそこらじゅうに書いてあった
で、後は適当に近くのレストランに入る


メニューを見てみるとmusselの欄にはいろいろな調理法が書いてあって、mussel met roomとかmussel met lookとかよくわからんのもある
とりあえず、間違いがなさそうなガーリック蒸しとビールを注文
ちなみにmusselは20.5€とかそんな値段で、ビールはグラスで2.25€


ホンマに言ってた通り大量のムール貝が出てきた
これが、まためちゃくちゃうまい!
下のほうにたまってるスープには、オニオンと香草がたっぷり入っていて、ガーリックも程よく効いていて最高!
ほんまビールがどんどんすすむ
ベルギービールのあてとしては最適です
結局、男二人でも、ビールを飲みながらやったらこれ一つで十分な量やった
ついでにフレンチフライもすこしだけ付いてくる


中野さんは大阪出身と言うこともあって、関西人2人がビールを飲むと話が長くなる
結局、来た時に降出した雨が、全然止まへんこともあって、閉店時間を過ぎても居座ると言う、迷惑な客になってしまった


最後には、帰りの最終トラムがもうすぐ出てしまうと言うことやったから、しぶしぶ店を後にする
なんと、中野さんがビール代をおごってくるれるという男気を見せてくれて、俺は15€の支払いで済んでしまった
ほんまごちそうさまです


10月のアントワープの夜は、ホンマに寒くて凍えそうになりながらホステルまで帰えりました


おまけ
アントワープでも俺が泊まったホステルがある地区は、ユダヤ系の人たちが住んでいる地区で、独特の衣装と髪型をしているひとたちが大勢いる


もみ上げとかくるっくるで、いつも黒ずくめの衣装を着ている
ちなみに、この帽子を取るとその部分だけ坊主です
だから、いつも帽子を被ってる
宗教ってのは大変や・・・

2010-10-15

さっそく予定を変更して

イギリスからNational Expressの夜行バスでベルギーのブリュッセルに向かう

またしても、移動の日にあいにくの雨

バスでイギリスを出るときは、ドーバー海峡の手前で一旦イミグレを受けて、そっからバスごと船に乗り、ベルギーかオランダかフランスに着いたら、またそのバスで目的地まで向かうことになる

船に乗り込み、デッキからイギリスに最後の別れを告げる

ドーバー海峡って言えば、昔ウッチャンナンチャンの番組でドーバー海峡横断部っていうのがあったのを思い出す
小さい頃は 、何も考えんと見とったけど、実際この海の上に立ってみて、「この海を泳いで渡るんとか、めちゃくちゃ大変なんちゃうかなぁ~」とか、どーでもいいこと考えたりしながら、俺は船で渡る

船の中は普通にきれいで、もちろんユーロもポンドも使える

乗船時間は2時間ほどで、ベルギーに到着
また、バスに乗り込み3時間ほどでブリュッセルノード駅に到着

着いたのが朝の5時くらいで、またしても電車が動いてないから、駅でぼーっと電車が動き出すのを待つ
この時の予定では、今日ブリュッセルの町を観光してアントワープに向かう予定やったけど、ボーっとしている時に急に、時間があるんやったらルクセンブルクに今日行ってしまおうと思いたって、急遽予定を変更して、ルクセンブルクに行くことにした

ルクセンブルクは、ベルギーのブリュッセルから列車で3時間ほど南へ行ったところにある、小さな国で、何でも旧市街がとてもきれいだという噂を聞いていたから、行きたくなってしまったんです
こういう自由に予定を変更できるところはバックパッカーのいいところですな~

早速、切符を買いに行くと、パスを持っているなら切符を買わないでも、そのまま乗ったらいいらしく、時間とプラットホームを聞いて、そのままプラットホームへ

まだ、夜も明けきってないホームで列車を待つ
で、やってきた列車に乗り込み揺られること3時間(Pass保有者やからもちろんFirst Class!)

列車を降りてびっくり!!

むちゃくちゃ霧が出とって視界めっちゃ悪い・・・小雨もパラついとる
でも、旧市街とかやったらそれぐらいの方が、雰囲気出てええんちゃうか!とプラスにとって、さっそく街歩きに出かける

とりあえず、駅のロッカーに荷物預けて旧市街の方へ向かう
なぜかコインロッカーのスペースだけがサイケな感じに

駅から徒歩10分ほどで旧市街がある渓谷に到着

地図によるとこの先の橋の下に深い渓谷があって、その谷に旧市街が広がっているらしい
でも、どうもこの様子やと霧が濃すぎてようわからんのちゃうか?と、思いながら恐る恐る歩いていくと、案の定よう分からん

残念な感じやけど、とりあえず谷に下りてみること
こんな感じの道が続いていく

やっぱり下りてきても、霧が濃すぎて良く見えんけど、いい雰囲気の街やということは分かる

昼ぐらいになってくっるとさすがに霧も少しずつ晴れてくる
良く見えるようになってくると、めちゃくちゃ趣のあるきれいな街が姿を表した

路地が入り組んでいて、歩いとっても目を奪われるほどきれいな街並み

旧市街で昼飯を食べたかったけど、あんまり店とかは無かったから、今度は新市街のほうにも行ってみることに

ここで、ルクセンブルクの意外な情報!
このルクセンブルクという国は、小さいながらも世界的にかなり裕福な国で、一人当たりのGDPと平均所得は世界1位という、実はめちゃくちゃ金持ちの国なんです
ただ、人口が少ないから国別のGDPなんかの統計には姿を現さないんです
国土の面積は神奈川県と同じくらいで、人口は48万人しかいない(ちなみに神奈川は870万人・・日本ってほんまに人口密度高すぎるよな)
この国の主な産業は工業やったらしいけど、今では金融サービスとか銀行業に携わってる人が労働人口の1/4を占めてるらしい
たぶん新市街と旧市街が近いということもあって、新市街の近代的なビルで働きながら、旧市街のきれいな街並みの中で暮らすっていう、理想的な生活をしている人が多いんやろうなぁ

新市街のほうで昼飯を食べようとしたけど、ルクセンブルクの名物料理なんか全く思いつきもせんかったから、てきとうにカフェにたいなところで昼食をとることに
もちろん、ルクセンブルクにも日本のの料理を出す店はある
サラダうどんも食べてみたかったけど・・

ここで、はじめて物価を知ることになるんやけど、金持ちの国の割りにそんなに高くない
まぁ、今の俺にとっちゃ少し高いなぁ

「ステーキ何ちゃら」ってのを注文したら、ほとんどフレンチフライで覆い尽くされたお皿が出てきた

しかも、「ステーキ何ちゃら」って書いてあったのにハンバーグやし
これと、ミネラルウォーターで11.2€
まぁ、ボリュームがあったからいいけど、ちょっと奮発しすぎた感はある
でも、ここの店員さんはむちゃくちゃ可愛くて、それだけで満足!
そう、単純なことなんです

今日の宿は、ベルギーのアントワープにとってあったから、5時にルクセンブルクを後にする
ベルギーのアントワープまで、ブリュッセルで乗り換えして4時間!
着いたのが9時とすっかり遅くなってしまった

この日泊まったのはロンドンで知り合った山田君に紹介して貰った「Boomerang Hostel」と言う、ベルギー人の旦那さんと日本人の奥さんが経営してるホステルで、1泊12€と結構安い
と言うことで、ここに滞在しながらベルギーの違う都市へ足を伸ばす予定です

2010-10-11

伝統とは・・

最近、ブログの更新がめっきりペースダウンしてしまってますが、もうちょっと張り切ってがんばりたいと思います

ロンドンに戻ってから、次の予定を練り練りしてました
出した答えが、ユーレイルパス(ヨーロッパの鉄道パス)の残り期間を考え、ベルギー、オランダ、スイスと南下していって、イタリアまでの長距離移動を敢行することに!
そして、またドイツまで戻ってきて、東欧を下っていくというプラン立てる
正直、イタリアにはあまり魅力を感じないので、短い滞在でいいからこんな感じでこれから行ってみようと考えてま~す
まぁどうせ途中で変更、変更の繰り返しやとは思うけど・・

とにかく、ロンドンについてもう少し書いておくことにします

みなさん、イギリスの料理と言えば何を思い浮かべますか?
もちろん、フィッシュ&チップスですよね
ということで、もちろんイギリスにおるんやから食べますわなぁ
俺は、基本的に飯がまずいなんてことは、あまり感じないほうで(舌がバカなのとはちょっと違います)、このフィッシュ&チップスにしても、昔にどっかの美食家が食べて、「揚げ物に揚げ物なんてひどすぎる!」という一言から、回り回ってまずいということになってんやろなぁ、ぐらいに思ってたんです
だって、実際俺がパブでバイトしてたときに作ってた、フィッシュ&チップスは普通にうまかったし・・・
だから、そんなわけあらへん!という思いで店に入ったんです

行った店は大英博物館近くのレストランみたいなところ

店内もそないに悪い感じやない

最初にどちら出身ですかって聞いてきたからちょっとびっくりしたけど、どうやら何カ国語かのメニューがあるらしい
From Japan.と答えると、日本語のメニューを持ってきてくれる
なかなかできるレストランやないですか
ここまで気配りできるんやから、飯がまずいなんてことあるわけないでしょ!

店に入る前からすでにメニューは決まっとったけど、ちょっと悩む振りしてフィッシュ&チップスとコーラを注文する
注文から10分、いよいよやつが運ばれてきた

ん~写真が暗い・・・
まぁそれはさておき、どうですか?このさっぱりした感じ
普通は、これにサラダくらいつけてもいいもんじゃないでしょうか?
フィッシュの方なんて明らかに揚げすぎやろ?もしくは油古すぎやろ?
さらには、意味不明の緑のペースト・・どっちに付けるかすらわからん
マジで見た目だけで食欲の湧かない一皿です
恐る恐る白身のほうにナイフを入れてみるとめちゃ硬い
ちょっと力を入れると、一気にボロって感じで端から崩れて、衣と白身が離れてしまった・・
てか、衣がめちゃくちゃ厚い!
もう、コンビニ弁当の海老の天ぷらなんか比にならんくらい衣が厚い、そして硬い
ナイフを入れた瞬間から、ぼろぼろ衣から剥がれていって食い難いことこの上ない
肝心の味はどうかというと、もちろんというかこんなんでうまいわけがない
まず、白身に下味が全く付いてない
それは、まぁあることとしても、衣にも全く味がついてなくて、これじゃホンマにパサパサの白身を油で食ってる感じで、食えたもんやない
ということはここで、緑のペーストの登場か?
緑のペーストがこの場を丸く収める、まるで笑福亭仁鶴さんのような活躍を見せてくれるんか?と考えて、思い切って相談してみることに(関西の人しか分からないネタです)
いや~ありえんことが起こるもんですね
緑のペーストには、ほとんど味がありませんでした
何て言ったらいいか分からんけど、東北の方の「ずんだ」の味とにおいを弱くした物みたいなやつです
フィッシュのまずさに疲れたから、絶対まずいことなんて有り得へんフレンチフライに癒してもらおうと、ケチャップとマヨネーズをかけて手を伸ばしたんです
・・・これは、さすがにショックでしたね
まさか、彼に裏切られることになるなんて
そう、彼は揚げられてすぐに出てきたにもかかわらず、マクドのポテトを一晩おいて翌朝レンチンしたときのような仕上がりで出てきたのです
それでも、マクドのポテトはまだ食えるけど、これはそれよりもっと下!
正直、食べ始めたときに全部食べきれる気が全くしませんでした
でも、さすがに残すのはもったいないから、コーラで流し込みながら全部食べたんです
ほんま、イギリスの料理はまずいって言われとるから、名物的なことでわざとまずく作ってるとしか思われんくらいまずい料理やった!
しかも、これで7.95£(1100円)コーラが1.5£(210円)とめちゃくちゃ高い!
チップ的なもんが要るんかどうか分からんかったけど、払うつもりなんか無かったのに 、なぜか会計が10.15£と、たぶんサービス料込みの値段払わされた
んで、10.5£渡したら当然のように釣りを返してくれんかった
さらに、チップを取られた・・・ホンマにどうなってんねん!!?
マジで二度とイギリスでフィッシュ&チップスを食うことは無いやろう

とまぁ、それだけのことで騒ぎすぎと言われれば、その通りやねんけど、とりあえずいい経験ができました

後は、ロンドンで泊まったホステルで大量の「Bed bag」つまりはダニのような生物に、数え切れんくらい噛まれました・・・
100箇所は越えてたと思う
ロンドンの「Hostel 63」というホステルで、毎朝女の子がシーツを換えてくれてるはずなんやけど全然効果が無い
初日に半そでで寝てもてやられたから、次の日はシーツも換えてるととこも見たし、長袖で寝るから大丈夫かなーと思って寝たら、今度は首という名前が付く箇所を全部噛まれとった・・・
朝起きたとき、隣のベッドの独り言おばさんもぼりぼり掻いとったから、みんなやられとるみたいやった
何で最初に「Bed bag」って言ったかと言うと、このBed bagというキーワードに、ホステルで知り合ったドイツ人のロビンが、ものすごい過剰に反応するんがおもろかったからです
この、ロビンはちょっとだけ日本語ができるらしく、いろいろ話したんやけど、その中でも、キリスト教に関する話はめちゃくちゃ興味深かった
今まで、敬虔なクリスチャンとそないにまじめに話したことが無かったから、いろいろキリスト教の知らない話を聞けて面白かった
写真を撮ったはずなんやけど、何故かなかった・・・

とにかく、半月以上居たイギリスにから脱出して向かうはベルギーのアントワープ

やっと、旅を再開します

2010-10-07

Glasgow

エディンバラを後にして、スコットランド最大の都市グラスゴーへ向かう

グラスゴーは、コットランドでは最大、イギリス全土では4番目に人口が多い都市で、けっこうな大都市なんやけど、1960年代には100万人以上いた人口も減り続け、今では半分ぐらいにになってしまっているらしい
それでも、観光地としては、人気があるらしくイギリス国内でも指折りの観光地らしい
そんな、うわっつらの情報だけで行ってみる事に

エディンバラからグラスゴーへはCitylinkという会社のバスで約1時間(6.3£)

予定ではグラスゴーには1泊せずに、その日の夜行バスでロンドンに戻る予定やったから、そこはバックパッカーの文字通り意地を見せて、バックパックをコインロッカーに預けずに背負ったまま街歩きすることに
ゆってもこっちはコインロッカーの料金が高いんす
ちなみに1回4£(560円)ほど

グラスゴーは特に何が目的とかで来たんじゃないから、インフォメーションで地図をもらって、適当に歩き出す

街1番の大通りを練り歩くどっかの国の音楽隊?

街1番の大通りでパフォーマンスする青年

結構若い人が多くて活気がある

イギリスに来てから頻繁にお世話になている、スーパーマーケットのTESCOで昼飯買って、川沿いの芝生に座りながら食べる

川沿いを歩いていると、面白い建物発見

なんか風の谷のナウシカに出てくるオームみたいな建物
ちなみに「Clyde Auditorium(クライド・オーディトリウム)通称:アルマジロ」という建物でライブハウス?コンサートホール?とからしい

近代的なビルの隙間に残る教会(古い建物)は、孤高でより崇高な感じがして、見ていて圧倒的な感じがする

グラスゴーで一番の観光名所やと思われる「Glasgow Cathedral(グラスゴー大聖堂)」

でも、残念なことに修繕中・・

中に入ると、いままで見てきた教会とそんなに変わらない感じ
規模はでかいけど、相変わらずのステンドグラスと柱が並んでいる
写真を撮っていいのか分からんかったから、びくびくしながら隠し撮り

この日は荷物を背負ってということもあってだいぶ疲れた

もう、午後7時過ぎには夜行バスが出発するバスステーションに到着
バスの出発時刻は22:30と3時間も待ち時間ができてしまったから、少し寝たりしながら待つことに

明日にはまたロンドンに舞い戻ります